あそこに行けば大丈夫だといわれる存在に「千葉静脈瘤クリニック 河瀬勇院長」

2018/11/21
インタビュー

JR千葉駅からたった1分のところにある「千葉静脈瘤クリニック」は下肢静脈瘤を専門にしている、日本でも非常に珍しいクリニックである。初診時に30分ほどのカウンセリングをするこのクリニックでは、患者の意向をくみ取り納得できる治療方針を一緒に考えてくれる。

院長である河瀬勇先生は医師として30年以上のキャリアを持ち、2015年にクリニックを開業してからは下肢静脈瘤のスペシャリストとして、日々患者に寄り添った医療を展開している。

今回は河瀬院長に医師としての歩みや下肢静脈瘤の専門医になった理由、また医師としてのこだわりなどを存分にお答えいただいた。

工学の道から一転し、医療の世界へ

Q1,医師を目指すようになったきっかけについてお聞かせください。

母が看護師であったため、時々大学病院へ出入りしたりして幼少時から医療の現場は身近にありました。また、私自身、小学1年の時に足趾の整形外科手術で入院し全身麻酔手術を受け、入院・手術・車椅子生活・リハビリテーション、といったものを経験しました。医師に限らず、医療現場で働く方々に敬意を抱き憧れさえ感じました。

しかし、一方、当時人気のテレビドラマであった「白い巨塔(田宮二郎主演)」や母から時折耳にする職場の嫌な面などの影響で、自分は医療の現場には身を置きたくない、と思っていました。高校時代には工学部、特に航空工学に興味を抱きそれに合わせて受験準備をしました。

しかし、結果は思うようにいかず一浪してしまい、しかも経済的状況から養子に出ることになり、若いゆえの意地もあって、お金のかからない防衛医大に進学しました。当時は、「科学者でなくとも、医師というやりがいのある仕事を全うして社会に貢献すればいい。これがむしろ自分の運命だったのかもしれない。」と自らに言い聞かせました。不思議なことに、防衛医大入学後は、何の戸惑いもなく医学の勉強に興味を持って取り組めました。

患者さんのために、静脈瘤のスペシャリストに転身

Q2,静脈瘤という医療分野に興味を持った理由についてお聞かせください。

防衛医大で医学部の専門課程が始まった3年生の頃から、解剖学・生理学・生化学などを学ぶうち、今度は、高校時代に勉強していて面白かった物理特に流体力学なども含まれた「循環器」という専門分野が臨床医学の中で自分に向いているのではないかと思うようになりました。事実、心臓がダイナミックにポンプとして機能し、血流が全身に張り巡らされた血管のなかを駆け巡る、その様は私の頭の中に想像しやすいものでした。

他の脳神経や肝臓、代謝などといった分野は私の頭には想像しにくいものでした。また、循環器をやるなら、実際に心臓や血管に触れられる外科がいいと思っていました。卒後の職場となる自衛隊で心臓血管外科の研鑽を積むのは難しいと悩んでいたところ、当時国内心臓血管外科のメッカと言っても過言でない亀田総合病院から受け入れのお話を頂き、外山先生に師事しました。

その後は、自らをトップレベルの心臓血管外科医にするべく国内外で努力したつもりでしたが、50歳になり「トップレベル」とは言えない自分がそこにありました。アートやスポーツなどの分野では死ぬまで修行として何歳まででも自分の夢の実現・満足のために道を歩み続けてもいいのでしょうが、医療という患者さんのためにする仕事でそういった考えは不適当であると判断しました。

それまで培ってきた自分の専門分野の中で120%の自信を持って患者さん・社会のために医療サービスを提供し、学んだことを社会に還元すると決意しました。その目的を実現するために、、「下肢静脈瘤治療」が私にとって最も実現できる可能性が高く、社会への貢献度も高くなると思い、下肢静脈瘤専門クリニックを開くことにしました。  

研究活動を通じてより良い医者へ

Q3,静脈瘤の治療を行う医師として実際に患者様と向き合ってみて初めて気づいたことがあればお聞かせください。

下肢静脈瘤の患者さんを多く治療させていただいていくうちに、一番大きく変わったことは、「下肢静脈瘤は危険な病気ではないから、治療の適応があっても迷っている人には治療を勧めようとはしない。」という姿勢から、「下肢静脈瘤は危険な病気ではないが、重篤化する可能性もあり、特に増加する高齢者にとっては治しておいたほうが生活の質が良くなるので、治療の適応があって迷っている人には治療を勧める。」という姿勢になってきたことです。

これは、2014年に下肢静脈瘤の治療に専念するようになってからの4年間で3000件を超す手術を経験しその安全性に自信を持てたことと、同時期に診察した7000人以上の患者さんがどれだけこの疾患に悩まされ治したいと思っているかを実感したから、起きてきた変化です。

長年の病院での心臓血管外科勤務中から下肢静脈瘤患者さんに十分対応できていないことを感じていましたが、自ら専門クリニックを開業して、下肢静脈瘤患者さんが本当にどこにかかっていいかわからなくて困っていらっしゃることを肌で感じています。

Q4,河瀬様自身、これまでどのような医師を目標に歩んで来られましたか?その過程での意識の変化についても教えてください。

若いころは、とにかく手術のうまい心臓血管外科医になりたくて、そのために必要な勉強と経験を積むことに貪欲でした。ある程度手術ができるようになってくると、「手術だけでは不十分で、研究活動そこから生まれる独創性を育むことも重要である。」と思うようになりました。書物や文献を読み漁るだけでなく、学会活動などで他のエキスパートの人たちと情報交換をするようになりました。

そして、この姿勢は、下肢静脈瘤に専念するようになった今も変わりません。日々の患者さんに直面する臨床経験がもちろん一番重要ですが、それを基本とした研究活動・学会活動、さらには教育ということも含めて、すべてに力を注ぎつつ、医師として活動しているつもりです。また、あくまでEBMを尊重しつつ、新たな治療方法などを積極的に取り入れ、最先端の治療を患者さんに提供していく所存です。

河瀬院長の礎を築いた恩師との出会い

Q5,河瀬様にとって恩師がいらっしゃれば、その方との出会いや、その方との関わりの中での意識の変化などについて教えてください。

心臓血管外科の師匠である外山雅章先生がやはり一番の恩師です。防衛医大卒業前に亀田総合病院に見学に行き、私の志望をお聞きになり、亀田総合病院に働きかけて、亀田総合病院での研修を受けられるようにしてくださったのです。

先生の厳しい中にも愛にあふれたご指導で一人前の心血管外科医になれたと思っています。ただ、50歳になって本当のトップレベルになっていない自分に満足できず、先生にご教示いただいたにも関わらず心臓血管外科を辞めてしまいました。破門だと思っていましたが、今でもいろいろご助言を頂くことがあります。

先生には、何より、外科医の責任の重さ、執刀医になること、手術台に向かい患者さんの右側に立つことの意味、その責任の重さ・広さを徹底的に叩き込まれました。それは、下肢静脈瘤に専念している今でも生きています。

患者さんの社会復帰が最大の喜び

Q6,医師として喜びや、やり甲斐を感じた瞬間はどんな時ですか?

もちろん、患者さんが病気から回復し元気に社会復帰されることが最大の喜びであり、遣り甲斐を感じる「元気の素」です。

具体的な思い出深いそういった瞬間というのも、30年も医師をしていれば数多くあります。あまり具体的に紹介すると守秘義務にも関わってきますので控えますが、病気で悩んでいる状態と回復状態の差が大きい場合にやはりその喜びは目立ったものになっている気がします。心臓血管外科時代には、それは命に直結したことであったわけで、それだけ印象的なことが多かったと思います。

下肢静脈瘤に専念してそれがないかというと、必ずしもそうではありません。下肢静脈瘤は、外見的に目立つ疾患ですから、重症なものはより目立ち症状もひどく時には皮膚潰瘍などを伴います。そういった患者さんが、手術後に「きれいになった。楽になった。」とおっしゃって下さる時には、感慨深いものがあります。

Q7,医師としてお仕事をされている中で、心に留めていらっしゃる言葉があればお聞かせください。また、それはなぜかについてもお聞かせいただけると幸いです。

大学時代からの好きな言葉として、ケネディ大統領の就任演説の一節にある「 Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country 」というフレーズがあります。これは、仕事をするうえで、かつ、生活全般で、尊い考え方・発想だと思っています。

医師として、という中では、やはり私の根底にある考え方は、「 At least do no harm 」ということになるでしょうか。縮小医療は良くありませんが、むやみな暴走・やりすぎは戒められねばなりません。特に、自然経過の中で重篤化することのまれな下肢静脈瘤の診療においては、とにかく安全第一だと思っています。

患者さん、そして医療関係者からも頼られる存在に

Q8,今後医師としてどう歩んで行きたいとお考えですか?

下肢静脈瘤診療において、あるいはその関連疾患の診療において、患者さんや一般の方々、医師をはじめとした医療従事者から信頼され、頼りにされる存在になれれば最高だと思っています。コツコツと日々の診療を行い、研究・学会活動をする中で、徐々にそういう存在になりたいと思っています。遠方からでも、治療を希望される方が来られるようなひとつのセンターに千葉静脈瘤クリニックをしていきたいと思っています。

70-75歳くらいまで元気でいられれば、今の下肢静脈瘤を中心とした診療を続けたいと思っています。それ以降は、その頃の私でも役に立てるような医療過疎・医療不足の地域(アフリカなど)に行って、死ぬまで医師として働ければと思っています。

Q9,医師として大切なことはなんだとお考えですか?

医師といっても、いろいろなタイプ、いろいろな役割、いろいろな職種があります。すべてにおいて共通の大切なことは、やはり「倫理観」だと思います。これは倫理についての考え方だそうで、倫理とは「人倫の道のこと、社会生活で人の守るべき道理のこと」だそうです。

患者さんを思う気持ち、豊富な知識、優れた技術、会話能力、などなどいろいろ大切なことはあると思いますが、患者さんにとって、多くの人々にとって、社会にとって、良いと思うことをしなければならないし、それが正しい考え方でないと大変なことになってしまう。

インターネット×医療について

Q10,インターネット上には今も間違った医学的な情報が飛び交っていますが、河瀬様は 医療メディアの現状についてどのようなご意見をお持ちですか?

医療メディア、特にインターネット、において間違った情報が飛び交っているのは知っています。しかし、その仕組み、管理方法などについてまったく無知と言っていい自分がいます。

腹立たしささえ感じる情報を目にすることもありますが、気にしないようにしています。おそらく、それに対して「間違っている」と意見するのは、メディアの管理上間違っているのかもしれません。

私個人としてできることは、せめて自分は、間違った情報を流さない、誇大な表現はしない、というようなことを守っていかなければと思っています。

千葉静脈瘤クリニックの魅力とは

Q11,河瀬様の病院のアピールポイントは何ですか?

下肢静脈瘤およびその関連疾患専門のクリニックです。主に下肢静脈瘤の日帰り外来手術を行っており、その手術件数は県内のみならず国内有数です。心臓血管外科診療を長年、広く深く行ってきた院長が、保険適応の範囲内で最新の治療機器をそろえて、下肢静脈瘤の診療に真摯に取り組んでいます。

またクリニックは、JR千葉駅西改札がある跨線橋に直結したウェストリオ2というビルの7階にあり、駅から雨に濡れないでご来院いただけます。

編集後記

下肢静脈瘤という専門性の高い分野に進んだ背景には、医師として悩みぬいた河瀬院長の深い考えがあった。心臓血管外科時代の経験も生かしながら下肢静脈瘤のスペシャリストとして日々研鑚を積む河瀬院長の言葉には非常に説得力があった。

死ぬまで医師として働きたいという河瀬院長が率いる千葉静脈瘤クリニックは今後ますます医療の最前線を引っ張っていってくれるだろう。

この度はインタビューを受けてくださりありがとうございました。

kanpopo

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